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『ギリシア悲劇全集5』


『ギリシア悲劇全集5』

つづき


『ヒッポリュトス』

ヒッポリュトスの下敷きになったエピソードって、アレですよね。
人妻が継子なり夫以外の男に恋慕して、アプローチかけて、
潔癖な相手の男に手ひどく断られ、逆恨みして、
嘘の情報を流して相手の男に害を与える、というアレ。
(アキレウスのお父さんペレウスさんも、たしか似たような被害に遭ってたはず。)



今回読みながら、
おそらくこのヒッポリュトスを前提として語られたであろう
『王書』のスィヤーウシュ王子のアレを思い出してしまいました。

(いきなりあらすじ)
~カイ・カーウースの息子スィヤーウシュ王子と王の後妻スーダーベ姫の話~

カーウース王の後妻スーダーベは若く美しい王子スィヤーウシュに恋し、
彼を何とかものにしようと目論みます。
ここまでは、他の神話と同じです。
しかしここからが一味違う。
相違点の一つ目は、きっぱりと撥ね付けた挙句陥れられた
他の神話の王子達の運命を彼が知っていたという事。
「(ここで下手に動けばわたしは破滅だ。屈辱を我慢して彼女に従う振りをするしかあるまい)」
と考えます。
結局、のらりくらりと彼女のアプローチをかわすうち、真意を気付かれ、スーダーベに怨まれて
お決まりの強姦の振りをされるのですが、
次に違うのが、それを訴えられた父親のカーウース王!

彼は謀略と、慎重で名高い王。石橋を叩いて渡る性格だったのです。

妻の言い分を聞き、息子を疑いながらも、息子の言い分も公平に聞き入れ、
二人の言い分に間違いはないか、息子の身体検査までさせて検証します。
その結果、爪に繊維も入ってないし、残り香も全くない。
心の中で息子は無実、と結論づけ、証拠を固めるため、占星術師やらに占わせて証言も取ります。
結局、スィヤーウシュが罪判じの火渡りをする事になり
見事それをやり遂げたために潔白が明らかになり、事無きを得ます。
(この後、スィヤーウシュはスーダーベを許しますが、
継母に遠慮して自ら国を出、結局そのせいで不幸な運命を辿ります。
ちょっと気の毒です)


このペルシャの話って、絶対このヒッポリュトス型の話を聞いたペルシャ人が、
「王子の不幸をなんとかしたい!」「女の嘘になんか騙されたくない!」
と思った結果の所産ですヨ!(決め付け)




閑話休題、
『ヒッポリュトス』の場合は、キャスティングは、
渦中の年上キラーの主人公がトロイゼンの王子ヒッポリュトス、
彼に恋するのが、アテナイ王テセウスの後妻、クレタの王女パイドラーです。

このヒッポリュトスこそ、おそらく、上のスィヤーウシュ王子が
「あの轍は踏みたくない…」と思ったまさにその人。
ヒッポリュトスに激しく拒絶されたし返しに「彼に乱暴されました」と遺書を残して
自殺したパイドラーの言葉と行動に騙されたテセウスは、
呪いをかける言葉を口にして、そのせいでヒッポリュトスは死に到ってしまいます。



もっと昔、一番最初にこのエピソードを知った時は、わたしも普通に

「ああ、継母に言い寄られて、人道に則って断ったからって逆恨みされて、
殺されちゃうなんて、なんて気の毒な!!
父親も父親ですよ!なんで奥さんのほう信じちゃうのさ。
息子の性格くらいどうして把握してないの!女の色香に負けおってからに!」。

ほどに思ってたんですが、今回は、読み返してて、


なんかヒッポリュトスに腹が立って腹が立って…


なので、注釈に書いてあった
『エウリピデスはヒッポリュトスの狭量を批難している』、の文句に
エウリピデスが一気に好きになりました。

わたしはこれまで知らなかったんですが、エウリピデスって最初に別の『ヒッポリュトス』を
書いてたんですってね。
これに出てくるパイドラーはメーデイアに負けず劣らず押しの強い激しい女性で、
あまりの激しさに世間の評判はすこぶる悪かったらしい。
で、その後におそらくソポクレス作の、同じネタに取材した『パイドラー』が、発表され、
それをはさんで、最後に、エウリピデスは最初のものを改作して現存している『ヒッポリュトス』を物したと。

2作目の『ヒッポリュトス』は1作目とどう違うかというと、
主にパイドラーの人物造詣らしいのです。
1作目のパイドラーが自分から率先して恥も外聞もなくヒッポリュトスに言い寄り、
ヒッポリュトスが拒むや一転恨みを募らせて彼を陥れるという猛女ぶりだったのに比べ
(この1作目の『ヒッポリュトス』を読めば、わたしも素直にヒッポリュトスに同情すると思う)
2作目のパイドラーは、一貫して恥を知る、慎ましい女性なんです。
継子ヒッポリュトスに対する愛が間違っていると知っており、
最後まで秘していよう、ばれてしまうくらいなら死を選ぼう、
と思い詰めてしまうくらい善良な女性なんです。
(→彼女がこう変わった代償に、プロロゴスが、アプロディーテが現れて、すべては自分を顧みない
ヒッポリュトスへの懲らしめであると語るものに変更になったとか。
パイドラーは被害者なのです。
アレっスよね。トロイア戦争の責めをヘレネーに負わせないために、アプロディーテの介入が
裏にあったと語らせるロジックと同じというか。つまり、1作目の『ヒッポリュトス』でパイドラー本人が
持っていた事件への積極性とか、女の怖さとかを、2作目ではアプロディーテが肩代わりしてるんです。
なんか、こう考えるとことあるごとに引っ張り出されて、アプロディーテもいい迷惑だなあ…)
対するヒッポリュトスは、正義感が強く、潔癖で、アルテミス信者で
一生恋も肉欲も経験しなくていい、と考えている若干極端な若者。



言っちゃっていいスか。
…こういう自分だけが正しいって信じ込んでる人、苦手なんですよ…




色々考え、吟味した上でこれが最善かと判断して、それを選ぶ、というなら分かります。
そうありたいものです。
でも、まったく他を顧みない、自分以外の者の気持ちなんて最初から眼中にない人って、
…そういう人ってどうなのよ!!プライドが高いのは別に悪い事じゃないけど、
だからって勝手に自分基準で人に高低差つけて、自分より低いと判断した人は軽蔑って、ひどいよ!!
(↑※大体こういう場合軽蔑される自信が大有りなため、少々感情的になっております)

大体この若造、アルテミス信者なんだけど、
アルテミスには多産の女神としての側面があることなんて丸無視して
自分に都合のいいところだけしか見てないんですよ!
それに、愛やら恋やらを軽蔑する割に、自分のアルテミスに対する執着も
十分粘着やっちゅうねん!
こいつの潔癖さは世間を知らん、未経験さもその一因なんですよ!
要するに青い!

…などと、ふつふつと湧き上がる怒りを感じつつ読み進んでいたら、
注釈に、ワタシの心を読んだようなタイミングで(上でも書いたとおり)

『エウリピデスはヒッポリュトスの狭量を批判している』

という意味の事が書いてあって、思わず膝を打ってしまったという。

まあ、第1『ヒッポリュトス』では激烈だったパイドラーが今回大人しくなったってことは、裏返せば、
ヒッポリュトスに同情できる要素が減ったってことですもんね。

とりあえず、エウリピデスは最後に救済を用意してて、最後にデア・エクス・マキナで
アルテミスが現れ、テセウスは自分の過ちを知り、ヒッポリュトスに後悔を伝え、
そんなテセウスをヒッポリュトスは許し、こうしてトロイゼンではヒッポリュトスが祀られましたー!
…で終わるんですが、
結局、ヒッポリュトスは最後の最後までなんの反省もせず、自分は正しいと思ったまま死ぬんですよ。
(※作品としてのその展開に不満があるわけではないんですが)
なんだかそれが個人的に悔しくて、脳内妄想で補完してみた。


~あらすじ~
※これはテセウスが不在の時の話。

潔癖なヒッポリュトスにパイドラーが秘めた恋をし、
日に日にやつれていく彼女を心配した乳母がお節介をして彼女の思いをヒッポリュトスに打ち明け、
それを聞いたヒッポリュトスは継母からの邪恋に当然の如く激怒、
パイドラーが廊下の影で立ち聞きしているのを承知の上で
彼女を拒絶する激しい言葉を濁流のように吐き出します。
愛する人からのあまりの拒絶に、パイドラーは絶望、
さすがに王女としての誇りもあり、最後の最後にヒッポリュトスに一矢報いる心で、
ヒッポリュトスを陥れる遺言をしたためて自殺。

ここまではいっしょ。

ここから捏造です。

パイドラーの死の直後というタイミングで帰って来たテセウスが、
もしも、パイドラーの手紙を見て、全てを悟ったとしたら、


と妄想してみました。

なんとなく、この人、パイドラーの様子がおかしいことには前から気付いてたんじゃないでしょうか?
自分も昔色々恋をした経験があるだけに、薄々パイドラーの気持ちには感づいていたに違いない。
でも自分が口出しすれば大事になるし、パイドラー自身が踏み出す気がなさそうなのを見て、
静観の構えだったと。
もともとパイドラーとは、以前ゴタゴタしたクレタとの関係修復のために政略で結婚したんだろうから、
それほどの執着を彼女に持っていたわけでもないだろうし。
お互い割り切ってたんですよ。
なので、別に彼女がヒッポリュトスに恋慕していたからといってそこまで腹を立てないだろう。
むしろ、今回パイドラーの死を知ったテセウスは、
「ああ、とうとう踏み出してしまったんだな」と
確認するように事態を理解し、彼女を憐れに思ったのでは。
息子のアマゾンの母親似の気性の激しさも、潔癖性も、アルテミス崇拝も全部知っていたテセウスは、
パイドラーの恋心を知ったヒッポリュトスがさぞかし手ひどく拒絶したろうと、容易に想像がついたはず。



息子の行動は倫理的に正しい。
しかし、正しい行動が、それゆえに人を傷つける事もある。
自分の意に反してまで受け入れろとは勿論言わぬ、だが
どうしてもう少し彼女の気持ちを汲んでやれなかったのか。
自分の息子は人の痛みが分からないのだろうか。
ここまで独り善がりで気取った男なのか。
アルテミスと一緒に狩などして、すっかり自分も神になった積もりか。
この顔を見ろ。
パイドラーの死を驚きはすれども、
パイドラーにした自分の仕打ちに対しては微塵の後悔も感じてはおらぬ。
むしろ、パイドラーからの反撃に憤ってすらいるではないか。
高潔で無垢で気高いその姿!
確かにパイドラーは心弱い女かも知れぬ、だが人間というものは
時に弱く、よろけ、まろびつつ歩くものだ、
それゆえに愛しいのだと何故分からぬ!許す事は出来なかったのか!
分からぬほど若く純粋なお前には、恋にうつつを抜かす人間は全て汚れて見えるのかも知れぬ。

だが、それを断罪する権利など、お前にはない!




壮年のテセウスはそういう風に事件を見、
結局パイドラーを殺したのはヒッポリュトスではないかと腹を立て、
つい怒りにかられて、ポセイドンに授かった必ず成就する呪いを
ヒッポリュトスに対して発動してしまうのですヨ。
しかもテセウス、ポセイドンの息子のクセに、まさかこの呪いが
実現するとはあまり思ってなかったっぽい。
現実的で、神託なんかより実際の政治手腕なんかに重きをおく中年テセウス、
なんか、アルテミスに心酔しているヒッポリュトスと対照的だなあと思いました。

この流れでいくと、
さすがに後で冷静に返ったテセウスが、いくらなんでも大人気なくむきになりすぎた
息子への仕打ちはやり過ぎだったかな、と反省した時に、ヒッポリュトス、事故で重症の
ニュースがもたらされるんですヨ。

ヒッポリュトスがまさかの呪いの成就で瀕死の重傷で運ばれてきた時、
ヒッポリュトスに許されるテセウスの、その情景の裏で、
テセウスに許されているのはヒッポリュトスの方、…だったりして。


………と、通勤電車のなかでこんな妄想をしたのが、もう2週間ほど前!
(思う存分妄想したのでスッキリした気分で図書館に本を返せました!)

やっと書けたー!





・・・・・・・・・・・・・・・・・

それにしても阿呆な感想じゃのう。
でも、まったく反省せずにこれからも阿呆な感想ばっかり書くよー!
GO,見習い、GO!

(多分、悲劇の解説なり、関連本読むのが好きなのは、
自分で考えるのが無理だから、他人の意見を読むと
「ほほう、なるほどねえ」などと感心して面白いのだと思います…)
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by mi-narai | 2010-02-11 16:39 | 2010年2月の読書
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