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『カルタゴの歴史』

カルタゴの歴史―地中海の覇権をめぐる戦い (文庫クセジュ)

マリア=ジュリア アマダジ=グッゾ / 白水社

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マリア=ジュリア・アマダジ=グッゾ著『カルタゴの歴史』読了。
京都の文化博物館でやってる古代カルタゴ・ローマ展を見に行ったのですが、
その予習として見に行く前に滑り込みで読んだ一冊。
新書なのでざっと知りたい人向け。
(ところどころ厳しい日本語訳もあったような気が…ごにょごにょ。
行為の主体が分かりづらい部分が時々あって、それはちょっと辛かった)

で、読み終わって一番分かった事はといえば


カルタゴに関してはほとんど資料がなく、分からない事ばかりである


ということだったという…。
ローマは第3次ポエニ戦争に勝利した後、カルタゴ市を徹底的に破壊したらしく、
カルタゴ人自身が書いた史書も、図書館もみーんな消滅してしまったんだって。
なので、資料といえば、考古学資料と、ローマを含む周辺諸国の記録に頼るしかなく…


おのれローマ…!!!
(アタシ、今月に入って何回ローマに腹立ててるんだろう…)

こんな腹立たしさはインカ、アステカとエトルリアだけかと思っていたのにやれやれですよ。

以下、読んでいて「おっ!」と思っていた事。

・カルタゴがセム系の商人の町だというのは元々知っていたのですが、
宗教や固有名詞の語感がやはり聖書(ヘブライ人)と似てるなと改めて思いました。

・その流れで。
カルタゴの聖所には、幼児の骨がたくさん埋葬されていたことから、
カルタゴ人は幼児を生贄に捧げてたんじゃないかという疑惑があって、
それに関しては、それを史実と認定する意見やら、それに対する反論やら色々あるようですが、
聖書でも息子を神に捧げる話が出てくるので、案外ホントかなという気がしました。
といっても、生贄儀式がそんな頻繁にあったわけではないだろうし、
もちろん捧げる方だってものすごい覚悟でやってたろうから
カルタゴ人が特に子供を粗雑に扱ってたとか、無慈悲だなどとは思いませんが。
でも、同じくらいこの人身御供疑惑が純然たるカルタゴの敵対勢力のでっち上げだという気もちょっとするなあ…

・カルタゴの語源
セム語で クアルト(町) ハダシュト(新しい) で縮まって カルタゴ! なるほど!

・メルカルトの語源
フェニキア語でMlkは王を意味する語を形作る
⇒このミルクと、先に出た町を意味するクアルトでミルククアルト⇒ミルカルト!

・エトルリア人の話がちょっと出てきました。嬉しい。
そうそう、そういえばエトルリアの本を読んでいたときにも、
地中海を西へ西へと進出するギリシア勢に対抗するために
カルタゴと同盟を結んだ、という段がありました。

・ヘロドトスに依拠するペルシア戦争初期の頃のポカイア人の海賊行為の話もちゃんと載ってました。

・カエレの外港で発見されたエトルリア語とフェニキア語の黄金板についての言及もあったよー。
エトルリア語を語る上では避けて通れないこの文字板が、フェニキア本で出てくるとなんか不思議な感じです。

・後、カルタゴの建設神話の段で、ディードーやエリッサの話が出てきて、
これはアエネイス関連の本で読んだエピソードなので、
…この時代、色々リンクしてるなあと感慨も一入でした。

・フェニキア諸都市では男女一対の神を祀るのがスタンダードだったらしい。
なら、やっぱりイスラエルでも男女一対の神を祀ってたと考える方が自然ですよね。
(『ダ・ヴィンチ・コード』のネタってそんな大騒ぎするほどのアレか?)
それとは関係ないけど、エシュムーンっていう神の名前の語感が好きです。

・この本のあとがきにもコリントスの滅亡について書かれてました。
「同じようにローマに徹底的に破壊された町でも、コリントスの方はさほど話題に上がらないのに
カルタゴの方は日本人の興味をそそるのは、判官びいきのせいか?」という趣旨で
書かれてる一文に出てくるんですが、

わたしはコリントスにも興味がありますよ(※皆知ってる)。



で、この本を読んだのち、
先日、古代カルタゴ・ローマ展を見に京都に行ってきました。
芸術は不勉強なので、絵などを見ても真価をなかなか見極められないのですが、博物は普通に面白いな~。

前述のとおり、カルタゴは一度ローマに滅ぼされてのち、
ローマの属州の都として再び同じ場所に新たに町が建築されるのですが、
ローマ以前と以後ではカラーががらっと変わってしまうのね…
(さすがにローマ以後の文物にはいろいろ馴染み深かった。
見覚えのあるあれやこれやがいっぱいですよ)

一番印象に残ったのは、さすが海洋帝国の異名を欲しいままにしたカルタゴ、
その港の立派さでした
復元予想図や復元予想ミニチュアが飾ってあったんだけどさ!
港の入り口には長方形の商船用船着場があって、その奥にドッグを備えた軍船用の円形の港が隣接してるんですよ!
船とか港とか、ああもう、素敵ワードがおてんこ盛り!
(それだけでこんなにハアハアできる自分もたいがいキモいですが)
商人と最強海軍と青い海と空だなんて、どうしてわたしはこれほど自分の好みに合致した民族をスルーしていたのか!
これまでの自分を猛省しました。

そんなこんなで、港、船、商人、海軍、など、ときめくキーワードを満喫した後、
そのへんで飯食って、市場好きの同行の友人の希望で錦市場などうろうろして帰ってきました。
あー、楽しかった!
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by mi-narai | 2010-03-31 23:56 | 2010年3月の読書

パーシー・ジャクソンとオリュンポスの神々

やっと見てきました。
これで

「一度見るまでは読むのを我慢!!」

と固くオノレに戒めてきた色んなところのレビューも解禁や~!
(だって、一度映画見たほうがよりレビューの内容がわかるもん!
割とネタバレは平気なのですが、人様のレビューは一番面白い状態で読みたいんじゃい!)


ちょうど今さっき見てきたばかりなので興奮気味で恐縮ですが
面白かったー!


ゼウスが男前でした。


(お前の最初の感想はそれか!)
ポセイドンもヘルメスも思ったよりもハンサムでひとりでニヤニヤしながら見てしまいましたよ!

どの道児童文学の映画化だもん、その上アメリカ映画ですヨ(※今さらっと上から目線で物言った)
ギリシャ神話の神神が出てくるといったってそんな高尚ななにかはもともと期待してません。

エンタメ的な意味ではとても面白かった♪
いいじゃん!努力!友情!愛ですよ!
それをいい大人の登場人物があんまり独り善がりにやってると
さすがにヒキますが、今回は主人公は若い男の子だし、
そういう青臭さもほのかなラビュも何もかもカワユらしかったです。

若干人の命が軽いけどな。
ほんと、主人公以外はどうでもいいのねアメリカ人。

以下、たいした事ないけどネタバレ含むので畳んでみました

つづき
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by mi-narai | 2010-03-20 22:20 | その他

『ちょんまげぷりん』

ちょんまげぷりん (小学館文庫)

荒木 源 / 小学館

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荒木源著『ちょんまげぷりん』読了
新聞の書評を見てちょっと面白そうだなと思ったのでさくっと読んでみた。
さくっと読み終えました。
江戸時代のお侍が何の因果か現代にタイムスリップして、
シングルマザーのおうちに居候、
何もしないのは申し訳ないから家事を受け持ったら
生来の食いしん坊も手伝ってメキメキ腕前を上げ…
というようなアップテンポの話。
読みやすかったです。
そんな難しいひねりも深遠な哲学もないエンタメです。
御伽噺みたいでした。以上。
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by mi-narai | 2010-03-17 23:14 | 2010年3月の読書

『ギリシア案内記』コリントス部分のみ

ギリシア案内記〈下〉 (岩波文庫)

パウサニアス / 岩波書店

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パウサニアス『ギリシア案内記』コリントス部分のみ

ええ、シシュポスさんのためだけに読みました(断言)

大体知ってた事ばかりではあったのですが、
逆に


「えー!!このエピソードってパウサニアスかー!」


という驚きの連続でもありました。
メーデイアの子供を殺したのはコリント人たちであった、という本来の古伝が載ってるのもこの本ですヨ!

後、ローマ人の征服で元のコリント人が全て滅亡した…てマジか!
なんてことしやがる、ローマ人め…。エトルリア人の時にも感じたこの憤りのデジャヴっぷりよ…)

それにしても、武装のアプロディーテに1000人の神殿付き娼婦を抱えるコリントスは
すごいと思いました。
ああ、こうして憧れの地が増えていくのですね…。
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by mi-narai | 2010-03-17 00:45 | 2010年3月の読書

『新編・普通を誰も教えてくれない』

新編 普通をだれも教えてくれない (ちくま学芸文庫)

鷲田 清一 / 筑摩書房

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鷲田清一著『新編・普通をだれも教えてくれない』読了。
わしだせんせいによる哲学的エッセイ集。
なんか、最近鷲田先生お気に入り。

先生、のっけから飛ばしてくれます。
どうやら先生は携帯電話(メール)がお嫌いらしいのですが、
その理由が

「返事が来なかったら寂しいから」

なんだもん!
可愛すぎます!!
(いや、実際はもうちょっと深くて、人とつながろうとする意図で作られたはずの
そういった電子機器が却って人の孤独を深めているのではないだろうか、というご意見なのですが)

身体論などを物しておられる先生、女性のファッションやファッション誌についても
詳しくてらして、アンアンやノンノをひも解く先生を想像して内心「ぷぷ」と
噴出してしまいました。


後、個人的な今回の先生の名言は

「あほになれないひとがほんとのあほである」

常々感じていたワタクシの中のかっこつけに対する忌避感を見事に集約した一言です。
ていうか、関西て、かっこつけに対して厳しくない…ですか?
どちらかというと、夢見る乙女だったワタクシ、ほんとうは色々かっこつけてみたかったのですが
そういう試みは小さい頃から何度も何度も周囲に踏みつけられ冷たい目でスルーされ、
今ではすっかりわたしもアンチかっこつけ派に。
…こうして鍛えられていくのよね…。
今から考えると昔のわしは本当にバカオロカじゃった…。(今は多少ましになったと信じたい)
周囲の皆様には多大な迷惑をおかけしてホント申し訳なく…

それと若干かぶっているのですが、
本当に卓越した技術というのはその社会がその技術において一定レベル水準に達しているという
豊穣な土台があってこそ育まれるものだ、という趣旨のお言葉が、
大阪の芸人さんや噺家さんに関連して書いてあって
それにも感覚的に大きく頷きました。
数少ない知人を通してのイメージなんで個人的な雑感でしかないのですが、
おおさかのひとってほんとおもしろいですよね…。
普段の会話から、常に言葉やタイミング、抑揚などをチョイスして、
いかに上手に話すかを無意識に心掛けているような。
(なので、おもろない芸人と無神経な人間にはものすごい厳しい気が)
…わたしの周囲の人だけなのか??
自分がどこをどう転んでも口下手話下手でつくづく面白くない人間なので
ワタシは心底上手に喋れる人が羨ましいですよ!!

閑話休題。
鷲田先生は、メルロ・ポンティに代表される身体論と臨床哲学を専門としておられる方らしいのですが、
最初臨床哲学と聞いて「???医療現場の哲学??」などと頓珍漢な勘違いをしていた私
今回の本でようやく先生の目指しておられるところが
「現場に出て、人との会話の中で考える哲学」だと分かり、目から鱗が落ちました。

…ていうか、ソクラテス大先生といい、つくづくワタシはこのタイプの哲学者が好きだよなあ…。
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by mi-narai | 2010-03-16 02:31 | 2010年3月の読書

見た夢メモ

その①
はにー(+その他の父方の一族全員)と旅行に行く夢を見た。
わたしは夢の中で「あ、これは夢だな」と気付き、隣を歩いてた妹に
「ちょっと!今しかチャンスないで!この隙におじいちゃんを写メりまくらな!」
ともちかけ、そのまま撮影大会に突入。
夢だという事に気付いたのに、どうして夢で撮った写真が起きてからも残ると思ったのか……
(せっかくベストショット、ちょういい笑顔が撮れたのに~~!!!)

その次の日「明日法事で田舎に帰るから」と父に宣言され、たいへんびびりました。

父方の田舎で母と山の中腹の墓を掃除しながら(周りは木ばっかりで、あったかい日が差してて
墓だってのにものすごい気持ちよかったですよ~。…夜には行きたくないけどな)
ご先祖の話など聞きました。
私、自分のご先祖はオール農民だと思ってたのですが、
実は
①はにー(父方の祖父)はこの辺りの貧乏寄りの普通の農家(コレは想定内)
②父方の祖母は柳生の家系(自称)らしい。しかしこれは自称なので信憑性は疑問。
③母方の祖父は、県南部の自営農の家系だと思ってたら、実はその数代前はお医者で
帯刀も許されていたらしいけど、一人極潰しの家長が身代を飲みつぶしてしまったらしい(マジか?)
④母方の祖母は、前々から、若い頃は神戸で暮らしていた、ということを自慢していたので
神戸のお嬢さんだったのかと思っていたら、その数代前は京都の武士の家柄だったとかなんとか

いろいろ衝撃でした…
でも、ひとりも商人は居ないのね…(がっかり)


その②
職務内容が派遣法に引っかかるという理由で拘置所に入れられてしまうとんでもない夢を見た。
派遣仲間たちがこぞって助けてくれるんだけど、職場の次長にその腹いせに
日本刀で切られそうになったりしてちょうこわかった…
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by mi-narai | 2010-03-15 01:00 | その他

『青い城』、他

この冬から春にかけて暖かくなっていく季節、
特にその宵の、薄ぼんやり明るい空と生暖かい風を感じると


何故か「赤毛のアン」を思い出します。


…いや、なぜかも何も、ワタシが赤毛のアンを読んだのは一般より大分遅くて大学生の時分なのですが、
その時期がちょうどこのくらいの早春の時期だったからなんですが。

そんなことを思い出しつつ、ちょっと前に読んだモンゴメリの『青い城』感想。


青い城 (角川文庫)

モンゴメリ / 角川グループパブリッシング



面白かったー!
エロのないロマンス小説ですヨ~♪
主人公はそれまでずーっと一族の心無い噂話や、対面ばかり気にして自分を愛してくれない母親に
大人しく我慢して、ストレス溜め込んでる、適齢期をちょっと過ぎたくらいの年齢の女性。
それが、ある日、些細な胸の痛みを見てもらおうと軽い気持ちで出かけた医者で、
まさかの「余命後1年」宣告を受けて、ぶちっと何かが切れちゃうわけです。
最初の、全てのものにびくびくして抑圧されてる部分は、読んでてほんと辛かったのですが、
この、吹っ切れてからのページは、その反動でものすごい爽快でした!

もう、やりたいこと片っ端からやってくし!
その上、前から気になってた男性にこの主人公、自分から

「ワタシはあなたが好きだ、後余命1年だから、可哀想に思って結婚してくれ」

と堂々と告白+プロポーズっスよ!男らしい!

後半は、この主人公がずーっと幸福を感じてる状態で、それが読者にもありありとわかるので
ものすごいこっちも幸せになりながら読めました。
ごち!




いただいた卒論

※個人的にいただいたものなのでメールにしようかどうか散々迷ったのですが
それだと相手が返事を出さないといけないと気になさるかしらと思ったりもし、
(貰った上にそれじゃ申し訳ないじゃない)
なにより、普通の出版されてる解説読むのと同じ感覚で読んでしまったので
(あ、下にも同じこと書いてる)やはりこちらの読書日記の方にメモしておきます。




こちらに帰って来た次の日辺りから読み始めて読み終えたので、やはり記憶がおぼろげなのですが、
なんか、他の名だたる学者先生方の解説を読むみたいにすんなり普通に楽しく読んでしまった
…ということを考えるに、筆者の力量が知れようというものです。

面白かったー!

もちろん、「いやいや、それはちょっとこじつけなんじゃないかしら」と思う部分も
あったような気がするのですが、それは、どの先生の解説を読んでいても
少なからずあるものなので!そういうものなのです。
大体解説なんて、「自分はこう解釈する」という宣言のようなもんじゃないですか。
だからよっぽどでない限りとっぴでもかまわないし、それにプラスして、説得力があれば尚面白い、
という位置付けが自分の中であるのですが、
その点今回読ませて頂いたこの論文は力作で、なるほどなあ、と感心したり
わあ、ワタシこれまでもの知らんクセに好き勝手にいろいろ言うて、いやん、恥ずかちい、と
恥じ入ったり致しました。
気合入れてものすごいじっくり読んだのですが、
アホゆえに、ちゃんと作者の意図どおりに理解できたかどうかは
自分でもちょっと自信がない…


とりあえず、エウリピデスのオレステスが他2作に比べて異色で、
その構成やら登場人物の性格づけなどが、工夫されてて
エウリピデス屈指の意欲作だという事は分かった。
その背景に当時の社会的な雰囲気があることも分かった(おおいばり)!

(お前、それは読んだら誰でもわかるって…)

古い時代の叙事詩(神話)からの乖離の度合いや、
その理由などが、時代背景から登場人物やアポロンと絡めて丁寧に説明してあって
このワタクシでも一瞬理解できたような気になったのですが
…書いててまたも理解できてないんじゃないかという気になってきた…。
や、いいか。手元にあるからわかんなくなったらまた読みます。


そんなこんなで早くエウリピデスの「エーレクトラー」本編を
読みたいのですが、諸事情があって、他の本が間に挟まれ
まだ読めてない状態なのです。
忘れないうちに読みたい…

PS:結び目になれますとも!


読書メモ自分のために読書済み+読書中の本を記しておく。

読了
鷲田清一著『新編・普通を誰も教えてくれない』
パウサニアス『ギリシア周遊記』コリントス部分のみ
『ちょんまげぷりん』

読書中
『カルタゴの歴史』
『ギリシア悲劇全集7』
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by mi-narai | 2010-03-14 21:33 | 2010年3月の読書

雑記

こないだの土曜日、奈良に行って来ました。

…ふ…。
いくら辺境の片田舎といっても、一応関西圏だからな。
奈良も京都も日帰りでいけるんだ、ぜ…(自慢げ)

しかし、せっかく遷都1300年を祝う気満々の奈良にいったというのに、
このどあほう、行ったのは

奈良ホテル(ランチ)⇒土産屋⇒利き酒⇒甘味どころ⇒土産屋

なにこの食い物+土産のコンボ。
(や、一緒に行った方もワタシもさほど日本史に詳しくも情熱もなく…)
職場の先輩にも、母にも、隣の祖母にも

「なんで!?興福寺は!?東大寺のお水取りは!!??」

と声を大にしてツッコまれましたが、

ええんじゃい!そういう名所旧跡は学生時代郊外学習で行き尽くしたワイ!!

そういうわけで、ものすごい食い気たっぷりで回った奈良ですが、思いがけず奈良ホテルが良かったのです。
めちゃめちゃ和風な外観のくせに、中身は洋風!明治・大正の薫り高き気品のあるホテルでございました。
2時からホテルのえらいおじさんが館内ツアーに連れてってくれるんですが、その説明がまた楽しかった。
そこで知ったんですが、天皇家ご一家が、京都に泊まる時は京都御所、奈良に泊まる時は奈良ホテルなんだって。
京都御所と張ってんのか。それはすごい。
後、明治・大正時代、奈良ホテルに泊まるのは大体外国のお金持ちが大半で、そういう人たちは大抵
メイドを数人連れていたので、ご主人のお部屋に続いてメイド部屋が設定されてたとか、
和風シャンデリアの美しさとか、
設計したのは東京駅とか中ノ島公会堂設計した人と同じだとか、
各部屋には暖炉のマントルピースと、スチーム用の金属のホースがあるとか、
待合室のピアノは、アインシュタインが訪れた時に余興で曲を奏でたピアノであるとか、
興味深い話はたくさん聞いたのですが、一番面白かったのは、展示室の年表、
ホテルにスチーム暖房が導入された年の項に


「マントルピースの廃止をめぐって、奈良市議会で大激論」


とあったことです。
ならしぎかい…


以下、なんのひねりもなく取ってきた携帯の写真を羅列してみます。

つづきです
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by mi-narai | 2010-03-09 23:40 | その他

『ギリシア悲劇全集6』 『ギリシア悲劇ノート』,他

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これまた近所の店で見つけた酒。
これ、ビンの色じゃなくて、マジで酒の色がピンクなんですよ!?
一見イチゴミルクみたいなのに、飲んでみたら、普通ににごり酒でした。


後、岩波さんから『ギリシア奇談集』が再販されてて嬉しかった^^!!
さすが岩波さん!!愛してるーー!
この調子で、『食卓歓談集』と『新編・木馬と石牛』もお願いしまっす!!



あんまり読んだ本が溜まってきたので、全部感想かけてなくても、ちょっとずつでいいから
アップしていく事にします。


エウリーピデース II ギリシア悲劇全集(6)

岩波書店

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『ギリシア悲劇全集6』

※これまたえっらい昔に読み終わりすぎて記憶が定かではございません。
当時の携帯に打ち込んだメモを見つつ、さらっと流すにとどめておきます。


解説を読みつつまたも不安がぶり返す。
今回は「アンドロマケー」「ヘカベー」「ヒケティデス」「ヘラクレス」の4篇。
解説には、毎回、当然のことながらその悲劇がどの伝承に基づいているのかが、
分かりうる限りで詳しく書いてあり(勉強になります)、
それに照らしつつ、どの部分が作者の改変か、そう考える理由、なども書いてあるのですが、

…エウリピデス先生、革新的過ぎる……

現在出回ってるギリシア神話本って、悲劇の筋をそのまま採用して書いてたりするじゃないですか。
でも、解説を見て
「違うんや、これは悲劇作家の創作した文学的展開であって元ネタはまた違うんやで~~~!!!」
と叫びたくなりました。

そうは言っても、ホメロスからして元ネタになった神話のエピソードに作者の改変が加えられてる
(と推測される)んだし、「神話」というのは理系の学問と違って、
人間自身が作ったものであるし(神話だって一番最初は、その時代の人なりの、
世界を理解する方法=科学だったのかも知れんが)、
創作の上塗りが続けられてると考えれば、悲劇作品が文学だから神話ではないと
断ずるのは早計か…?
悲劇が世に広まって(特に3大悲劇詩人ほどの有名な作家の作品は元の伝承より人々に知られている)
それが前にあった伝承よりもスタンダードになれば、悲劇の筋のほうが本筋ってことになるのでは…

などと考え始めると、どこに線引きして良いのか分からなくなってきました。
まあ、普通にギリシア神話に接する場合はどの原本もどの創作も平等に楽しめば良いけど、

このサイトはホメロス寄りのサイトだからな!
同じ対象に対して、ホメロスと他の原本で競合した場合は、
ホメロスの言ってることのほうに重点をおきますけどね☆
(ホメロスファンを宣言するというのはそういうことだ!)





…と、解説を読んで不安を書き立てられはしたものの
本編を読むと、別に、そこまで言うほどややこしくも難しくも矛盾があったりもしない気がします。
多分、エウリピデス好きの学者の先生はエウリピデスに夢を見てるんですヨね!
そんな先生方が大好きです☆


「アンドロマケー」
以前読んだほどのショックはありませんでした(良かった)。

前回は、アンドロマケ―があまりにふてぶてしく感じてショックだったのですが、
今回読み返して、そうでもないと思った。
子供の父がいくらネオプトレモスとはいえ、不在のネオプトレモスでなくて
一貫して一心に亡きヘクトールに呼び掛けるアンドロマケーがいじらしいです。

…しかし、一作一作ごとに、作者の思惑を表現するコマとして登場人物が配置されるから、
連作でない限り作品間の統合性(登場人物の性格上の統一性も)はほぼありません。
でもってやっぱりスパルタバッシング激しい。(ペロポネソス戦争中だからってさ)

ピロクテーテースのネオプトレモスは確かに良かったけど
オレステスとどちらの肩を持つかと問われればオレステス!


「ヘカベー」
解説に書かれていたヘカベーにおける矛盾や何やかや、その説は面白かったけど、
本編を読むと、単に「ヘカベー、不幸が続きすぎて、2つめの不幸で切れたんと違うか?」
と思いました。
そこまで違和感無かったけどなぁ


「ヒケティデス」
雷に撃たれて死んだ者は神に捧げられた者として撃たれた場所に埋葬されて信仰された



…てことは栃木県は聖なる地なのか!?




「ヘラクレス」
それにしてもテセウス男前やなぁ(惚れ惚れ)
なんだ?テセウス男前伝説を打ち立て中か、エウリピデス?

エウリピデスのおかげで
わたしの中でのテセウスイメージが急上昇中ですヨ!
くっ、アテナイ市民の政治的意図に乗せられてしまった!!



…ふー。読書中に携帯に打ち込んだメモを拾ってみましたが、
ほんと、ろくなこと考えてないですね。
もうちょっと文学に親しんで深く読み込もうぜ、自分…


ところで、勝手に一方的に見習いに親しみを感じられてしまっている明子先生、
実は定年されてたんですね!!
ものすごい好みが合いそうな感じから、もっと若いかただと勝手に想像してました。
そうか、そんな重鎮なのにソポクレスのオレステスプッシュでイタケ人に好意的でいらっしゃるなんて
(勝手に決め付けんなっての)。
ますます明子先生のファンになりそうです。



ギリシア悲劇ノート

丹下 和彦 / 白水社

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丹下和彦著『ギリシア悲劇ノート』読了。

まえがきで、

「文学的に読むことは時に独善的な読み方に陥り、作者が意図していないことまでもそれらしくいい募る例がなきにしもあらず。それはそれで意味がないわけでもないが。」


という反省ともとれる言葉が綴られていて、つねづね文学評など読むとき
「うはははは、作者はそこまで考えてねえって!ま、この研究者がこう見てるって意見自体は
ものっそい面白いし読むの大好きだけどな!!」
などと思っていたワタクシ、やはり学者の方もそう感じていたのだなあ、などと
感慨深く思ったりいたしました。ええ。

中公新書の方から出ている同作者の本が真面目な悲劇解説であるのに対し
こちらはどうもそれに入らない瑣末な覚書を集めたような本らしく、
そんなに肩肘張らずに読めて楽しかったです。

しかし、最後の最後、エウリピデスは女嫌いかどうか、という一章があって、
そこではエウリピデス先生、えらい書かれっぷりでした。
エウリピデスは同時代のアリストパネスからも揶揄されたほどの女嫌いで、
2度の結婚、2度とも嫁の浮気で失敗した根暗い男で、
作品中の登場人物の女性批判には、その自分の辛い経験からの
苦い思いが滲み出てんじゃないかとかなんとか。
一般的にそう見る意見も強いんだそうな。
(まあ最終的にはリアリストとして冷静な観察眼を持って作品を書けば、
どうしても男性作家は女性ぎらいっぽく、女性作家は男性嫌いのようになってしまうもので、
エウリピデスが他人の目にはそう見られてしまうのも、実際のところは
彼が現実をそのまま冷静に受け止める力量のある作家だってことなんじゃないかな?
…という無難なところに着地してましたが)

その段では、ヘシオドスもホメロスも、皆揃って「女嫌い」のくくりに入れられてたんですが、

ヘシオドスからは明確な悪意を感じますが、
別にホメロスからは特別女嫌いっぽい臭いは感じないけどなあ。
確かに、というか、ホメロスの描く女性は強い気はしますが…(特に女神は)

そう感じてしまう丹下先生自身が女嫌いなんじゃねえのか?などとと思わず勘ぐってしまいました。

内容とは関係ないですが、一番最後のあとがきの更に最後、
筆をおいた地名を見て、吹きました。
なんだよ和彦、お前ライナー乗って通ってんのかよ!(だから馴れ馴れしいって)


トルコ語のしくみ

吉村 大樹 / 白水社

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『トルコ語のしくみ』途中。
白水社の語学シリーズのうちの一冊。
『古典ギリシア語のしくみ』と二冊ならんでたのにこちらを買ってしまうあたり
西洋古典好きとしてはまだまだです。スミマセン。

や、発端はごくごく些細な事だったんですよ。
前にも言いましたが、ワタクシ、トルコポップス、結構好きなんですが、
そのうちの一曲の曲名を、図書館で辞書引いて調べようとして


トルコ語の辞書の引き方が分からない…!!!


という衝撃の事実に打ちのめされたのでございます。
そりゃむかーし、大学時代週一でトルコ語かじったけどさ、
そんな化石みたいな知識、すでにして記憶の彼方ですヨ。
それに、トルコ語って膠着語だから単語の後ろにどんどんいろんな要素がくっついていってさ、
そのくっつき方が分からないと元の単語が分からないという…
(日本語でも、そうですね、仮に「たとえあなたが来なくても」という文の意味を知りたかったとしたら、
どうでしょう。「たとえ」はそのまま引いて大丈夫。「あなた」、も大丈夫。
でもその後の「来なくても」が難問じゃない?まず、「ても」が逆説の接続詞だと気付いてそれを
取らないといけない。次に「なく」が否定形「ない」の変形だと気付いて、これも取らないと
いけない。さらに「来(こ)」が、「なくても」にくっつく時に変化したと気付いて
「来る」の形に直して辞書を引かないといけないんですヨ。
トルコ語でもおそらくこのようなややこしい手続きが必要かと思われます。
なら変化のない孤立語である中国語なら辞書引くのは簡単だろ、と思うかもしれませんが
あれは読み方で並べてあるから、まずそれを調べないといけないんで、
こっちはこっちで面倒なことこの上ないですヨ。
まあ例えば「手紙」という単語を調べたいとしましょうよ。
日本語だと「てがみ」だから「て」の項を調べりゃいいけど、中国語でこれはなんて読むんだ!?
仕方がないから巻末の、部首索引や総画数索引でまず「手」の読み方を調べて、「shou」であることを
突き止めた上で、次に「S」の第3声の項目を引かなきゃならない。ああああ、面倒!
(ちなみに正解は、「shou zhi」で、トイレットペーパーの意)
そう思えば、英語は辞書引くのが簡単でいいよな…。動詞の変化も単純だしさ。)



そんなわけで軽く読めそうなこの本を手にとって見ました。
読んでるうちに、昔習った事をぼんやり思い出してきましたが、所有の形については忘れてた。
やっぱり語学は奥深いなあ…(奥深すぎて絶望しますヨ)
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by mi-narai | 2010-03-04 23:31 | 2010年2月の読書