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『アキレウスの歌』 『福の神と貧乏神』 『人類拡散の歴史』


マデリン・ミラー著『アキレウスの歌』
読了。
最後は駆け足で。
大体がこの本、『イーリアス』に忠実に書いてあるのでその通りの出来事が順を追って起こります。
(あくまでもパトロクロス視点で)
これまた、よく読んで知ってる場面ばかりなので、そうなんだよなあといちいち納得しながら読む感じ。
結局ヘクトール兄さんは最後まで遠い人でちょっと寂しかったですが、
アカイア方の人間から見たらそりゃそんなもんか。
パトロクロス亡き後のアキレウスのアレっぷりも原作どおりでしたよ。
原作読んだ時に感じたようなことを再び感じました。
おそらく、ここで吐かれるブリセイスの言葉は大半の読者の心の声w
でも、『イーリアス』のアキレウスの嘆きのセリフ
「君は、君だけは生き残って父上や息子に俺の活躍を伝えてくれると思っていたのに」
とか
「もう二人だけで、少し離れた場所に座って、額を寄せて話をすることもないんだな」
を思いだして、じんわりはしました。上記の二つのセリフ、好きなんだよなあ…。

いやしかし。
それよりなにより、終盤もっとも何度も心に思ったことといえば

ネオプトレモス腹たつわー

です。
身の程知らずな若造ですよ。
テティスに育てられて人間らしさが少ないというかね。教育は大切ですよね。
現代社会なら確実に「この人、サイコパスです」と診断されちゃいそうな酷薄さです。
別にわたくし、もともとオレステス派だし、ネオプトレモスが悪しざまに描かれている点には
全く不満はないのですが、終盤になるともうすっかりパトロクロスに共感しまくっちゃってて
パトロクロスがネオプトレモスに感じている反感とか怒りがそのまま移っちゃってさ。
ほんまあいつ、教育的往復ビンタでも食らわさんと気がすまんで!くらいに腹を立てていたので
奴の末路には溜飲が下がりました。
あいつの死にざまバラエティ豊富だからな!どれでも好きなのをお選びなさーい☆
後、最後のオデュッセウスの台詞には、不意をつかれたよ畜生めが!最後の最後にありがとう!

しかし、結局最後までこの作者の書きっぷりには割と共感するなあと思ってたのですが、
考えたら、きちんと原作に対するリスペクトが感じられるのが、好印象だったのかもしれません。
ものすごい読みやすかったです。
ホメロス信者ですみません。信者ゆえ、ホメロスの比重が高い方がわたしは読みやすいんじゃよ。
おまけに、あとがき読んだら作品に対する姿勢にもわたし共感出来ちゃいました。
つねづね、(他の人がどのエピソードをチョイスしてもそれは全然かまわないんですよ、
これは自分に関して、だけなんだけども)現存する文書資料のうち一番古いのがホメロスなんだから、
他のは全部大体後世の付け足しとかやん。同じ場面で違うエピソードが使用されてる場合
ホメロスの方が信憑性が高いというか、オリジナル性が高いよなと。
(まあ、わたし、ホメロスファンでもあるし、そもそもサイトがホメロス中心サイトなんで
そりゃ他の伝承とかぶった場合相当の萌がない限りホメロスの方に従いますけども。)
この著者もそんなようなことを書いていて、他の伝承でこう伝わってるけど
ホメロスではこうなんで、そっちを採用したよ、とかあって、

分かるわー!!


と強烈に思ってしまったのでありました。

あー、ディオメデスの話とか書いてくれんかな。
(この方のディオメデスが超かっこよかったので♪)


福の神と貧乏神 (ちくま文庫)

小松 和彦 / 筑摩書房

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小松和彦著『福の神と貧乏神』読了。
日本の福神についてまとめた小著ですが、なかなか面白いです。
そもそもの、一番初めの、「福」という言葉の説明が面白かった!
ので、メモっときます。
日本語の幸せ(しあわせ)って、もともと「仕合わせ」とも表記されていたように、
物事が一致すること、巡り合わせ、そのものを示す言葉で、その巡り合わせが
良いか悪いかは関係なかったと。
おみくじの仕合わせよし、仕合わせわろし、なんかはその古い使用例だそうで。
それが、いつのまにか、「しあわせ」が、良い方の巡り合わせの事飲みを指すようになったんですって。
しかも、その結果としての幸福は個人の努力の結果ではなく、
巡り合わせが良かった=運が良かった、という風に
外部の力でそうなった、という意味合いが強かったらしい。
仕合わせが、幸せと表記されるようになったのは、幸い(さいわい)、と同義の言葉と考えられたから。
幸い、は古くは「さきわい」、と言って、花が咲くの、「さく」とか、
栄える、とか、盛り、とかの「さか」という語幹と、
にぎわい、とか、わざわい、とか、辺りに這うように広がることを示す「わい」という言葉がくっついたもので、
栄えが広がるの意。なんだって、へー。
そういえば、わたしの好きな小説、チャールズ・デ・リンドの『ジャッキー、巨人を退治する』で、
妖精たちのことを「さきわいの民」と表現してあったけど、
幸せな人々ってことだったのかー、と、今更納得しました。

幸いの説明はともかく、貧乏神のビジュアルとか性質の変遷とか、
福の神がどうやって人々に福をもたらすかとか、
民間伝承における発現の仕方とか
(以外と福の神は薄情というか、貧乏人を富ませてはくれない。すでに金持ってる家にやってきて騒ぐだけ)
そんなのが面白かったです。


レストア: オルゴール修復師・雪永鋼の事件簿 (光文社文庫)

太田 忠司 / 光文社

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太田忠司著『レストア』読了。
オルゴール修復師が探偵役の珍しい推理物。
借りたので読みました。
今回はオカルトは無しだった。(まずそこかい!)
この主人公、仮性じゃなく、本気で深刻な鬱をわずらってて、
あんまり人とはかかわり合いたくないんですが、謎が気になって結局関わってしまうんですよね。
ミステリー部分は主人公のなんとか社会でやっていこうというあがきの中の一環みたいな位置づけて、
なかなか面白かったです。
主人公がすぐにくじけそうになるので、読者はいらんとこでハラハラさせられ、
その分あんまりスカッとはしませんが。


人類の進化: 拡散と絶滅の歴史を探る (サイエンス・パレット)

Bernard Wood / 丸善出版

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『人類の進化: 拡散と絶滅の歴史を探る 』読了。
面白いよ。まずは学問としての成り立ちから説明してあります。
人類についての学問にはこういう歴史があって、
人間の進化と拡散というのはこういう流れで研究されてきて、
この分野とこの分野とそのほかにもこの分野の学問から成果を
抽出して総合的に判断するんだよとか、割と丁寧に書いてありました。
やっぱ。近年の分子遺伝学の発達でだいぶ解明が進んだらしいね。
欧米と日本の自然人類学における系統分類の呼び名が違うので、
訳者の方が苦心されていましたが、分かりやすかったですよ。
学者の中にも、なるべく細かく分類したい人と大まかにまとめてしまいたい人と二種類居るのだな、とか、
ヨーロッパ中心主義がまかりとおっていたのだなとか。
本筋以外のところにもふーん、と思ったり。
しかし、それよりなにより印象に残ったことが二つ。
一つ目は、別系統の直接の祖先ではないと思っていたネアンデルタール人とかその他の人類と、
今生きている系統の人類に僅かだけど遺伝子的な交流があったらしいこと。
もう一つは、東南アジアのとある島に1万8千年前までホモ・フロレンシウスという
現世人類とは別種の人が生息していたという事実です。
孤立した島だから外の世界とは交流はなかったかもしれないけど、
現世人類と平行してそんな最近まで別系統の人間が生きて暮らしてたんだ!!
と思うと感激しました。
ネアンデルタール人とヨーロッパあたりにすんでたホモ・サピエンスもしばらくは共存してたみたいだけど、
それも4万年くらい前の話だし。
で、妹に意気込んで言うと、「一万八千年前は[最近]と違う」とばっさり断言されて
しまいました。いや、そうなんだけどさ…。



この後5冊くらい読んだけど大概もう長いので次に回します。
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by mi-narai | 2014-04-20 23:25 | 2014年上半期の読書
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