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『ギリシア悲劇全集5』

長いので二つに分けます。その1!


エウリーピデース I ギリシア悲劇全集(5)

岩波書店

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『ギリシア悲劇全集5』読了。
この巻からエウリピデスに突入です。
5巻は『アルケースティス』『メーデイア』『ヘーラクレイダイ』『ヒッポリュトス』のセット。

まずは解説から。
毎回の事ですが、解説には悲劇に使われたエピソードがどこの伝承で、
どのあたりが作者の改変か、などなどが分かる範囲で載ってて面白いです。
今回のキモは、「メーデイアが実は子殺しをしてなかったかも。」というのと、
「ヒッポリュトス=トロイゼンで祭られてた」(アテナイじゃないんだ!)というもの。
(某K師匠が最近日記で書かれてたような内容がこの解説にも書いてあったっス!
日記を読んで、おお!と思いました)
(※更に後日のつけたし。これを書いた当時は『最近』だったのですが、今となってはもうだいぶ
前になってしまった…)


伝承ではメーデイアの出身地は黒海沿岸のコルキス(だっけ?)ですが、
のちにイアソンと移り住んだコリントスにも縁深い人物だと読んで、
これにもふーんと思いました。
さすが古都、縁故のある神話的人物もバラエティにとんでますね~!
(目下のお気に入り、シシュポスさんもコリントス人だし)

・メーデイアの子殺し関連は、エウリピデス以前の伝承など見てると、

①子供を不死にしようとしてうっかり間違って死なせてしまったバージョン(=故意ではない)
②メーデイアによるクレオン殺害に憤ったクレオンの血縁者が、メーデイアの子供を殺したのを、
メーデイアのコリントス支配を面白く思ってなかったコリントス人達が「子供を殺したのは
メーデイアだ」と触れ回り、濡れ衣を着せたバージョン

などがあるらしい。
なんと!
もともとメーデイアは自発的にああいう形で子供を殺したわけじゃなかったんですよ!

そのメーデイア伝説を、エウリピデスは先行するトラキアのテレウス王とその妻プロクネーの話
(→夫に妹を犯され、その上罪が露見しないように妹の舌まで抜かれた事を知ったプロクネーが、
夫に復讐するために彼との間に出来た子供を殺して食事に出したというあのエピソード)
からヒントを得て、この『メーデイア』で”子殺し”ネタに使ったんじゃないかと。
そう解説で書いてあって、ほほう、と思いました。
メーデイアといえばエウリピデスのこの筋というくらい、子殺しは有名なのに、意外な真実です!

・ヒッポリュトスとトロイゼンは、ヒッポリュトスがそんな祀られてたとは知らんかったんで
ちょっと意外に思った、というそれだけなんですが、
よく考えたら悲劇の筋は各地の信仰の縁起話が多いらしいので、当然っちゃ当然です。

・縁起話といえば、神話ではしばしば、胴体から切り離された頭を埋めると、そこから泉が湧いた、
という泉の起源話があるらしいのですが、それは
「泉」と「頭」の語がギリシア語では一致することによる由来譚ではないか、
と書いてあったのもふーんと思いました。
ダナオス&ダナイデスと水との関りにもこの由来譚が関ってるらしい。

で、本編。
前の日記でも書きましたが、ワタクシ、エウリピデス先生には若干警戒心を
抱いておったのでございます。
根っから庶民のワタクシ、あまり文学というものが分からぬお馬鹿さんでして…
先生のハイクオリイティについていけるか心配で心配で…。

しかし、この本に入ってた4作は大丈夫でしたー!
ていうか、お馬鹿ゆえに裏にこめられてる政治的意図やら演劇上の工夫やら
エウリピデスの真意などなーんも考えないで筋を追ってしまいました。

普通に面白かった…

(以前にざっと読んでるはずなのですが、その時はホメロスの描く人物像との
あまりの乖離具合がショックで(※特にアンドロマケーやメネラオスが)
それどころじゃなかったんですヨ…)

解説を読むと、もっと小難しいこと言ってたり、他の作家に対して批判的で意地悪な事を
言ってたりしそうな印象を受けるのですが、この4篇ではそんな事もなく、理性的な印象を受けました!
その上、ソクラテス大先生のお友達だったと知って、ワタクシの中での
エウリピデスの好感度は大幅アップ!
ヒッポリュトス批判の件でさらにうなぎのぼり!
(※このことに関しては後でゆっくり聞いてください)



『アルケースティス』



この人ら、普通の人たちやな…



というのが、読んでる最中登場人物に対して感じた印象です。
ソポクレスの人物造詣は良くも悪くも純化されてて、そのあたりがホメロスの
アキレウスなどとも通じ、一般的にソポクレスがホメロス的と言われたりする
所以なのかしら?と思うのですが、
エウリピデスの描く人間は、基本善人なんだろうけど、いいところばかりじゃなくて
弱さも併せ持ってて、時々揺らいだり、楽な方に流されたり、自分の過失に目を
つぶったりするので、より生身の人間に近い感じです。
(その分身につまされて、読んでて時々辛いですが。
ソポクレスの時は主人公が極端すぎて時々辛かったけど)
後のメーデイアやヒッポリュトスは主人公が強烈だったのであまり思わなかったのですが、
アルケースティスを読んでいる時は特にそう感じました。

あと、途中で婚礼と葬式の服装について注釈で書いてあって、
「この時代から結婚時は白、葬式は黒の衣装なのね~」と感心したことを覚えてます。

それにしても松平訳は読みやすかった…



『メーデイア』



スカッとしたー!



大体、一般的に『メーデイア』といえば、主人公メーデイアの凄まじさとか女の情念などが語られ、
世の殿方は(多分昔のギリシア人も)観劇後「女ってこええ!!」と
ちびりそうになるだろうと思うんですが、

めっちゃ爽快なんですよ!読後感!

特にやると決めてからのメーデイアさんの胆の座りっぷりが素晴らしい。
(小心なワタクシ、憧れます!)
しかも、オレステスが母親殺しであれだけ大変な目にあったってのに、
対するこのメーデイアさん、さっさと逃亡先確保して高笑いとともに去って行っちゃうんだもん、
もうこれは惚れるしかッ!
あまりのときめきに一気に最終ページまでめくってしまった一作でした。



『ヘーラクレイダイ』


何だかんだ言って、お前もアテナイ市民よのう…エウリピデス!


と読みながら強く思った一作。
アテナイ市民として、テセウスの事は決して悪く書かんのじゃな!
そう考えるとテセウスはアテナイの英雄で得してますよね!
アテナイの英雄だったおかげで大分いろんなエピソードが付け加えられ
てその上いい風に祭上げてもらってる!

この劇は話の筋よりついエウリピデスの郷土愛とか時代背景のほうに興
味が行っちゃって、あまりこれといって感想がなかった一作でした…

でも、注釈のおかげで、
アリアドネーがアルテミスに殺された、というエピソードの詳細が分かりました!
(どうやらこのエピソード、文献的に一番古い典拠が『オデュッセイア』らしいので、
ワタクシ一度松平訳を読み返したんですが、その注釈では
はっきりとアルテミスがアリアドネーを殺した詳細などが書いていなかったんですヨ。)

どうやら、一般的な「アリアドネーはテセウスに捨てられた後、ディオニュソスに拾われた」
という伝承以外に「アリアドネーはまずディオニュソスと出会い、
その後テセウスと出会って彼に惚れ、、ディオニュソスを置いてテセウスと出奔した」
という別伝もあったのですってね。

これも例によってアテナイ人の捏造か!?

…と思わせるようなテセウス色男伝説です。
まあ、そういういきさつならアルテミスも矢を射るかも知れません。納得した。
by mi-narai | 2010-02-11 00:39 | 2010年2月の読書
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