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『魔法昔話の研究』 『母権論』

読みづらかったんでちょっと書き直したぜ!

ウラジミール・プロップ『魔法昔話の研究』
異常誕生の昔話に対する考察の次は
笑わない王女の昔話に対する考察、
口承文芸におけるオイディプスについての考察、
と来て、その後は口承文芸全体に対する意見が述べられてます。

いや、どの章も面白いんだこれが!

では、以下、特に心に残ったことを。

・「笑わない王女の昔話」部分では、笑う、という動作に含まれる民間伝承における意味なんかが
面白かった!
例えば、死者の国に行ったら笑ってはいけないんです、
反対に、死から生き返るときは笑わないといけない。
そのことについて各地の風習や伝承を例に出して説明してあります。
また、男女の性交(聖婚)とともに「笑い」の力は大地の力を活性化させると
考えられていたという説も興味深い。

この作者、ひと世代前の人なんで、やっぱりその説には今では古くなった部分とか、
打ち消されている説なんかもあるんじゃないかと推測するのですが、
それでもその言葉や考え方にはいちいちについてそうだなあ、と納得してしまいます。
(わたし、騙され易すぎ!)

・「オイディプス」
オイディプス型の伝承について。
ギリシャ古典の悲劇ジャンル(つまり文学)のすじではまず予言があるところに悲劇の予感があるんだけど、
昔話群の方では予言はおそらく後付けだろう。→つまり、余所からやってきた男が娘と結婚し、その父を
殺して王になる、というプロットがあり、予言は、その主人公が旅立つための理由付けだと。

これだけ読むと、ああそう、と思いはすれ、どうという感慨も沸かないと思うのですが、
各地の伝承を比較した上でその根拠を説明されると、納得させられてしまうんですよね、これが。
この「オイディプス」型と考えられる伝承の諸要素を、残っている伝承間で比較しつつ、
父殺し、王女との結婚、などの諸要素を中心に考えていくのが面白かった。
その過程で、この王を殺して王女と結婚する、というすじの裏には、
王女によって王権が委譲される原初の権力移行形態が透けて見えることが指摘されるのですが、

…もともとギリシャ神話を読むうちに、娘婿に王国を譲り渡す話があんまり多いので
「ギリシャ神話の世界って割と母系継承なのかナ?」
ほどには思ってたんです。
このプロップさんの著作にズバリそうかいてあったのを見て、
鬼の首を取ったような気持ちになりました。
(やっぱそうやんなー!みんなそう思うやんナ!)

そうそう、ロシアのネズナイカ(知らない男の意)、
どっかで聞いた事があると思ってたら、
この人ってロシアのオイディプス型昔話におけるオイディプスにあたる人!?
パルナース!モスクワの味ー!(関西近辺の人にしか分からないネタです)

日記をアップできないうちに読み終わってしまいました。
面白かった!


母権論

J.J. バッハオーフェン / 三元社

スコア:


バハオーフェン著『母権論』読了。
母権論、と書いてはあるけど、厳密には「母権論序説」と自叙伝です。
有名な古典。
よく名前を聞く書名&著者なので、「とりあえず拾っとくか」ほどの軽い気持ちで読み始めました。
なので、最初は「父系社会の前には母方の血筋で財産や権力がが継承されていく母系社会があった。
それは結婚形態とも関係があり、父系への変化にはそれなりの社会の変化を伴った」と聞いても、
今更なあ、そんなこと知っとる知っとると思ってましたが
読み進むにつれ、その説を唱えた最初期の人の一人だと分かってきて、
著者の偉大さが徐々に分かってきましたですよ。
確かに、それまでヨーロッパって、キリスト教の父系説にどっぷり浸かってたんですよね。
その社会風潮の中でこのひと、一番最初にその説を唱えたんですよ!
しかも、このバッハオーフェンさん、法学者で、裁判官で、ものすごい真面目な
キリスト教徒だったらしいじゃないですか!
そう考えると、やはりすごい人だったのだなあと。
ただ、この「母権論序説」、
母権(=古代の社会体制)に対する憧憬があるようにも
父系社会が進化の最終形態であり、より素晴らしい形態と位置付けているようにも
なんとでも読めるんです、そのせいで色んな団体に担ぎ出されたりしてきたらしい。

それはさておき、
『母権論』の観点からみた『イーリアス』のリュキア勢に対する言及は面白かった。
もともとリュキアって国、ヘロドトスの『歴史』でも、女権的な国だと紹介されているのですが、
そのことと、『イーリアス』でも父方のグラウコスでなく母方の血筋をたどってサルペドンが
リュキア王に即位していることなどから
バッハオーフェンは“リュキアは母系社会だったんじゃないか”と位置付けていて、
だから、グラウコスとディオメデスのあの場面も
グラウコスがディオメデスの名乗りに対して

「そらまあ聞かれたから答えるけど、そんなことどうでもいいことじゃないの?
なんでそっちが父親の名前なんてそこまで聞きたがるのか分からないね」

的な返答を返したのも、グラウコスにとっては父系なんてマジでどうでもよかったからだ
と解釈してるんです。
全面的にそれを信じ込んだわけではないのですが、
なんかそんな解釈初めてだったので、やたら印象に残りました。
面白かったー!裏にそんな意味付けがあると思えば、あのシーンを見る目が変わっちゃうなあ!

後、このバッハオーフェンさん、海を越えたアメリカかの民族学者
モルガンと仲良くお手紙交換などして、親交&知識を深めてたらしく、それがなかなか微笑ましい。
ちらっとみた書簡内容で、バッハオーフェンさんたらモルガンの著書をべた褒めしてんの!
しかも、このモルガンさんの影響を受けて、晩年のバッハオーフェンさん、かなり民族学のほうへ
踏み込んでらっしゃったらしいし

…モルガンやキャンベルも読むべきかしら…
(どこへ向かっている、見習い)

長くなったので続きは明日!
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by mi-narai | 2009-07-17 06:49 | 2009年7月の読書
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